雷門田原商店会

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ようこそ雷門田原商店会公式HPへ 浅草雷門からも歩いて5分とアクセスの良い「雷門田原商店会」は、
古くて伝統的なものも、都会的でおしゃれなものも溶け込む、懐の深い魅力的な商店街。
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雷門田原商店会について

東京メトロ「田原町」駅から浅草国際通りを北に向かう200mと雷門通りの一角からなる商店街。
雷門一丁目に位置します。

昭和35年、「田原町商店会」として13店舗で発足し、ただちにアーケード建設に取組み、その後、昭和50年「浅草雷門田原商店会」と改称。会員数も増え、新アーケードも完成しました。 平成17年、待望のつくばエクスプレスが開業し来街者も増え、現在はアーケードが撤去され街路灯と青いオーニングテントが特徴的です。

190年続く神仏具の老舗や戦前から八ッ目鰻を扱う漢方薬局、おしゃれなフレンチ、ホテルもあり、遠方から訪ねても、ふらっと遊びに来るだけでも充分楽しめる商店街です。雷門通りからはスカイツリーを眺めることもできます。

雷門田原町会について

浅草神社で毎年5月に行われる、
例大祭三社祭に参加する四十四町会の1つ。

「雷門田原商店会」が位置する雷門一丁目に、住民からなるコミュニティ「雷門田原町会」があります。浅草神社の例大祭三社祭に参加する四十四町会に属し、毎年5月に行われる三社祭には全国から担ぎ手が集まり、
町会神輿や三社宮神輿が威勢よく町内、商店会内を練り歩きます。

雷門田原町会公式サイト準備中

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写真提供:地下鉄博物館

この地域は昔、浅草寺領の田園でした。当時は紙漉(かみすき)を生業とするものがいたので紙漉町(かみすきまち)とも呼ばれていました。

その後多くの人が住むようになり、寛文の頃(1661年~1672年)には町が形成されたことから、三丁に分けられ浅草田原町と称しました。町名はもと田畑であったことにちなみます。

明治5年(1872年)浅草田原三丁目が雷門通りをはさんで南北にわけられ、その後明治9年(1876年)に浅草通りをはさんで南北にわけられ町域が確定しました。

北側の浅草北田原三丁目が、現在の「雷門田原商店会」がある雷門一丁目にあたります。現在住居表示に田原町の名前は残っていませんが、銀座線の駅名に田原町の名が残っています。

1927年昭和2年日本最古の地下鉄が上野・浅草間に開業。「上野」「稲荷町」「田原町」「浅草」
僅か4駅の中に田原町駅も入っていました。

開業当時、日本一の繁華街として賑わった浅草の玄関口に趣を添えるため、駅に芸能紋が設置されました。芸能紋は歌舞伎、新派等の花形役者の家紋です。

これらの紋章は1984年に駅が改修された際、化粧パネルで覆われて見えなくなっていましたが、2018年に行われた再改修で現在は一部が田原町駅ホームから見える構造になっています。

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